大丈夫な朝
マンションを出て直進。すぐに高輪の商店街にぶつかる。
左折すれば高輪消防署。向かいには高輪警察。
もう一度左折。消防と警察の坂を下っていく。
第一京浜に出るその坂は、当然ザクロ坂と等しく、長い。
第一京浜に出て左は泉岳寺、右は品川だ。
品川を目指す。
第一京浜は(第一京浜のこの辺は)車で走ると爽快だが、歩くとつまらない。実際のところ横断歩道も少なく、この道もまた、歩行者を好んでいない。
今朝一斉に送った引っ越しを報せるメールが無愛想でなかったか、少し気になるがもう送ってしまったんだ。
歩いていると、犬と飼い主に多くでくわす。
犬、人、犬、人、人、犬、人、犬、犬、人・・・・・・。
フレンチブルドッグ、多いな…。
気のせいか……いや、気のせいじゃない。もう三匹だ。多い。
あいつの遠い兄弟か。だったらお願いだ。あいつの分まで、たくさんたっぷり歩いておくれ。
オトンとオカンはチッタに次いで、やがてチネという名前の犬を飼い、つがいにするつもりだったらしい。
そんなこと初めて聞いた。
今のオカンが俺の友人にこんな喋り方で接するのかと驚いたし、オトンと一緒にコーヒーを飲めば、意外と会話は弾む。
家族の存在や思いに対峙する今は、発見に満ちていて、実はこうした日日が楽しい。どこかでわくわくしてるんだ。
ずっと探していた「丁寧な生活」などどこにもなかった。だけど今は、なぜか在る。
仲間のくれた靴を履き、セーターに袖を通し、コートを羽織る。
そうした衣類を着ているのなら、歩く足も、おのずと丁寧だ。
耳にはイヤホン。セリが貸してくれた誰かの歌が鼓膜を撫でる。
朝の空気が冷えていてきもちいい。E、E、E、きもちE。
「友達」「家族」「隣人」「家」「東京」。
それらの定義が突如できあがったような今は、まるで恐くないし、もちろん寂しくない。
「あと一匹、死ぬまで育ててあげてェな」
父がベローチェでつぶやいた。
なら俺は、そいつにとって最高の家を探す。
これまでと逆側から到着した品川は、だいぶ印象が違う。俺は最近、発見だらけの世界で生きている。
来てくれたみんな、電話やメールをよこしてくれたみんな、見舞いをくれたみんな、洋服や本をくれたみんな、ほんとにどうもありがとう。おかげでとっても大丈夫。ほんとにどうもありがとう。
いつかもしも、何かあったら呼んでくれ。たとえ夕張でも弘前でも北上でも松本でも土浦でも松山でも山口でも大分でも、かけつけるよ。かけつけてみせるよ。