追憶のハイウェイ東北・「サイケな恋人」

4/9「サイケな恋人」


■ホテルのロビーには石油ストーブが置かれていて、やかんが焚かれている。そのお湯を客は使っていいことになっていて、ゆうべ、僕らもそのお湯で持ってきたチキンラーメンを食べた。チキンラーメンがこんなに美味いとは思わなかった。汁が、麺が、かやくのネギが、いちいち泣けるほど美味い。




【停電長期化、復旧阻む 被災地の動きに冷や水

 7日深夜に発生した東日本大震災の余震に伴う大規模停電は、解消に向かっているものの、送変電設備への被害が大きかった岩手県の内陸南部や沿岸部などでは回復が遅れ、大震災からの復旧に向けた被災地の動きに冷や水を浴びせた。
 震度6弱の余震で、市内約4万2000の全世帯が停電した一関市。JR一ノ関駅前の「蔵ホテル一関」で電気が復旧したのは9日未明で、余震による停電は1日半に及んだ。
 ホテルには8日、7日からの連泊客を含めて100人以上の宿泊予約が入っていたが、停電で部屋の電気や水道が使えないことを説明すると、キャンセルする客も多かったという。
 ホテルの担当者は「余震は東北新幹線が7日に(一ノ関―盛岡間で)運転再開した直後。復旧に向かうときに、また停電とは」と困惑した表情だった。
 3月11日の大震災発生以降、ようやく電気が回復に向かっていた岩手県三陸沿岸でも、余震による停電は長引き、被災者らが不安を募らせた。
(…)
 東北電力岩手支店によると9日午前10時現在、県内では大震災の津波被害から復旧していない沿岸部の2万9688戸のほか、一関、平泉の両市町を加えた計6万3651戸で停電が続いている。内陸部では電柱が傾いたり、電線が絡まったりしていることが復旧の遅れにつながっているという。

河北新報、4月9日 註・主に岩手県に関する記事)



■もはや滞在中の通電は望めないかもしれない。ほとんど開き直りに近い気持ちで石巻へ。


■道中、昨日に比べてだいぶ電気が復旧しているのがうかがえる。昨日灯りの消えていたトンネルも灯りがついている。俺たちのホテルは……悔やんでもしょうがない。ホテルのスタッフの奮闘を思えば、サービス・清潔感共に間違いなく大当たりのホテルなのだ。


■ほぼ毎日同じ経路で石巻へ通ったのだがとにかく細い道に集積されたゴミの山といったら尋常でない。









【震災ごみ「100年分」 石巻市処分場パンク必至】

東日本大震災で発生した宮城県石巻市の災害ごみは、同市の年間処理量の約100年分に上る見通しになっている。撤去を請け負う業者が足りず、処理の長期化は必至。市は県外の自治体に、ごみの引き取りなどに支援を求める方針だ。

 宮城県は、震災で発生した石巻市の廃棄物(船舶、自動車除く)を約538万トンと推計。同市が2009年度に処理した総量5万8300トンの約100倍の規模だ。

 石巻市の試算では、トラックと重機、作業員3人の50チームがフル稼働すると、3カ月ほどで片付くが、実際には20チームも集まっていない。

 処分が進まないため、一部住民は自力で市総合運動公園など3カ所の仮置き場に搬入し始めた。市は一部をリサイクルに回した上で、最終処分場に捨てる方針だが、「処分場は確実にあふれる」と危惧する。

 事態の深刻化を受け、市はごみの受け入れと処分への協力を求め、東京都などと協議に入った。市は「自力では限界。全国で引き取ってもらうしかない」(市環境課)と説明している。

 一般ごみも収集、処理が滞っている。石巻工業港に立地する石巻広域クリーンセンターが津波で機能が停止、収集車も流された。

 資源ごみの収集も止まっており、市は「不便を強いて心苦しい。5月までには改善したい」と話している。

河北新報、4月11日)


■見れば「100年分」というわけのわからない表現も納得できてしまう。






石巻市街部は、こないだの余震に関係なく(おそらく震災後ずっと)ついていない信号も多い。たとえば整理員のいない十字路の場合、運転手同士がお互い目配せなどをして発車する。
これはおそらくどのメディアも表現のしようがないが、かなり日本人独特のメンタリティーに裏打ちされた「交通安全」の在り方だとおもった。


■被災地では若葉マークも珍しい。狼が免許をとって間もないため、僕らのレンタカーには若葉マークがついているが滞在期間中、若葉マークをつけている車にほとんど遭遇しなかった。


■危ないから被災地域ではベテランドライバーにしか運転させないのかなぁと思った矢先……


石巻自動車学校、バリバリ路上教習実施中!!!!!


■道路状況はあまりにも異常であり、なぜこんな折に教習を続けるのかといぶかしがったが、考えてみれば当然だ。


■それは想像もしたくないことだが、いつかまたポニョが追っかけて来た時、この町で暮らすお母さんはソースケを乗っけてとにかく崖の上まで一目散で逃げねばならない。
母親だけではない。自動車を転がせる誰かが、幼子を、足の悪いジイさんやバアちゃんを、その他免許を持たぬまわりの誰かを、とにかく高い所まで運ばねばならない。
大袈裟ではなく命を守るために、運転技術者が少しでも多く必要なのだ。


■コアラと僕でバッテリーの数と残量を数える。このまま電気が回復しなければ充電を車の中で少しずつおこなうしかない。トータル表示時間を足し算してなんとか行けるのではないかと憶測。


■今日、コアラだけ先に東京へ帰る。どうしても外せない用事が明日あるので、東京に帰る。僕らが宮城に来て以後、毎日余震がある。だいぶ余震の集中している時期のようだ。僕と狼を残していくのはコアラも相当不安だろう。しかし今日、コアラは東京へどうしても帰る。


■コアラを送るため、山形空港へ。
新幹線も空港も機能不全の今、太平洋側の被災地域から東京へ帰る者は山形空港を使うのが主流だ。


■到着した翌日に最大余震を味わって以来、僕らはずっと緊張している。空気の読めない地震の大バカ野郎がいつ発生してもおかしくないと感じている。山形までの道中、コアラからいくつかの厳命を受けた。


「まず目的地に着いたら、ナビで逃げられる場所を入力すること。泊まっているホテルは内陸なのでなるべくホテルを入力すること」

「今日ホテルに戻ったら、いつでも逃げられるようにリュックを作ること。車のキーやお金、最低限の食料品などを詰めておくこと」

「仮に地震が起きてお前らが別行動していた場合、絶対にお互いを探しに行かない。とにかく安全な場所にいる方がどちらかが戻るのを待つ。絶対に探しに行かない」

「特にKYM、お前の性格からして狼を探そうとする。だけど絶対に探しに行くな。俺の人生で一番方向音痴なお前が狼を探しに行ったら、お前が危険だ。探しに行くな」

山形にはまだ雪が残る。


■コアラとは出張に行くたびウンザリするほどのケンカをしてきたし、早く帰ってくれと思うことがほとんどだったが今回ばかりは帰ってほしくない。もう30だというのに情けないがこの現場責任者は荷が重い。というよりも人数が減るっていうのがトータルの精神力として心もとない。
しかしコアラは今日帰る。理由が理由だけに仕方がない。


モーモールルギャバン「サイケな恋人」>


歩いてゆけるのかしら 揺れずに ぶれずに
あなたは変な髪形 ジーンズが似合わない
(…)


サイケな恋人 また会いましょう さようなら
悲しくないけど また会いましょう さようなら


夕暮れ 川沿い 流れるゴミ あなたのよう
パンチラ大好き あなたはゴミ 消えればいい


サイケな恋人 また会いましょう さようなら
悲しくないけど また会いましょう さようなら


モーモールルギャバン『サイケな恋人』 ※作詞者追記)





山形空港はチェックインカウンターの前に撮影機材を片づける人多数。知っている顔もあった。


■空港レストランで山菜うどん。ゆうべのチキンラーメンから味覚が、天上天下汁物独尊。


■狼をレストランに残しコアラと喫煙所へ。先に帰ることを申し訳ないと言われた上で、再度「地震が起きても絶対狼を探しに行くな」と告げられる。


■通電している可能性があるかもということでダメ元で狼にホテルに電話をかけさせる。
表情の乏しい狼だが、電話を終えてレストランに戻って来た表情が明らかに華やいでいる。
「電話つながりました!水道も電気も通ったそうです」
それを聞いてコアラもだいぶ安心したようだ。全員の表情が和らいだ。


■コアラ、明日結納のため(祝!10年ぶり3度目!)、一足先に帰京。


■帰り道、山形空港から栗原市までの運転を狼に任せてマサコと電話。


■電話がつながった矢先、
「一人で来るなんてアリエねえ!バス移動なんてアリエねえ!取材先が出たとこ勝負なんてアリエねえ!俺が彼氏だったら足折ってでも行かせねえ!別に数カ月経っても被災地に取材ソースはいくらでもあるから出直してこい!」などと矢継ぎ早に叱責(≒恫喝)を乱射してしまう。(☆註下記)


■だが事情を聞けば社内で無理くり押し通した企画らしく、予算も人員もかなりないとのこと。今回の取材をとりやめたら、再び行けるチャンスは薄いとのこと。マサコが勤めるエリアはほぼ一カ月が過ぎて震災全般に無関心の風潮があり、どうしても制作したいとのこと。
TNKディレクター、こちらが叱りまくりテンションがた落ちである。


■仕方がないので持ち物の相談に乗る。
「ランタンと、水と、鍋と、カセットコンロと、上着と…」
こいつ完全にフジロックの荷物をそのまま転用しようとしてるなと思いつつも、これ以上テンション落とされても困るのでうなづき続ける。
「それと、リュックに入るだけの携帯トイレ」
え?携帯トイレ?それは俺たちも持ってきてない。
「携帯トイレって…どこで用を足すの?」
「…うーん……陰で」


■東北4日目。これまでの人生で見たこともないような光景をかなりたくさん見た気がするが、野グソをしている三十路女はまだ見ていない。アメリカ軍による‘オペレーション・トモダチ’の評価は現地ではなかなか上々だが、タナカ軍による‘オペレーション・野グソ’が敢行されたらどうか。その評価はすでに火を見るよりも明らかだ。


■明後日、深夜バスで仙台入り。登米市石巻市をまわるとのこと。もうこうなったらお互いの無事と健闘を祈るしかない。どうか有意義な取材を終えて、ウンコを京都まで持って帰ってください。


■電気が灯いているホテルが目に飛び込んできた時はほんとにうれしかった。
フロントの大きなテレビでは映画が流れていて外国人がブチューっとキス(かなりディープな)を交わしている。昨日真っ暗で灯油ストーブしかなかったホテルのフロントでは、今夜、キスブチュー映画が流れ、ボランティア団体がスーパードライを飲んで互いの労をねぎらっている。
ライフライン、生活の軌道。それが息を吹き返したのを感じる。


■コアラに言われた通り、いざという時すぐに持って出るためのリュック(akaポニョバッグ)を狼と作る。


■簡単な打ち合わせを終え、自分の部屋に戻ると電気がつく。蛇口をひねれば水がでる。嬉しくて仕方がない。湯船に水を溜めながらテレビをつけてフロントで流れていた映画を部屋でも流す。


■それはトム・ハンクス主演の『天使と悪魔』だったようだが、終わりのほうで街中が破壊されるシーンがありおもわずテレビを消した。今はちょっと耐えられない。だいぶ感性が偏ってきている。
翌日狼に話したら、狼も部屋でその映画を見ていられなくなりチャンネルを変えたそうだ。


タナカ軍が取材の足として使うバスの名前…

いけるかもしれない。

☆註
宮城交通バス(通称・ミヤコーバス)に関して、あらためて取材を終えたTNKディレクターにその利便性を聞いた。
ミヤコーバスは、震災からおよそ一カ月、最大余震からほとんど日が経っていない状況の中「ほとんど1分も遅れず」運行していたとのこと。
ボランティアバスも(おそらくほとんど)なかったこの時期、ミヤコーバスは現地で車の手配をできなかった者・運転をできない者の強力な味方であり、TNKディレクターは、ミヤコーバスに対する感謝の言も地域住民から多く聞いたという。
運転免許を持たぬ方がボランティアなどで宮城を訪れる時、(時間の制約などは生じるものの)ミヤコーバスは大アリというのが現時点(5月下旬)の私見です。