追憶のハイウェイ東北・「働く男」

4/8「働く男」



【耐えれば必ず強い人間になれる】

 記憶も生々しい28日目。「第1次」に比べれば被害は小さいけれど、亡くなった方もいる。お悔やみ申し上げます。自然というヤツは、時を選ばず、こっちの都合を考えず牙をむく。
 7日午後11時32分は総務局のオフィスにいた。大きな揺れ、机の下にもぐり込んだ前回とは違って、外廊下に逃げた。幅2メートルに満たない左右の壁を両手で突っ張る。建物の揺れが直に伝わってくる。「このビルは1・5倍の揺れに耐えるよう設計されています」。3月11日のあと、管理会社の人に聞いた。計算上は最大震度7だって持ちこたえる。ゆらゆら揺れながら考えていた。なんでもいい、安心材料にしたかった。
(…)
 「やっと片付けたと思ったらまた…。気分が萎(な)えちゃいますね」。町で聞いた3人は同じ言葉を口にしたが、ほほ笑みまじり。「ものを買うのにまた並ぶのかな。でも、前ので鍛えられてるから…」。こう言って笑った1人は「第1次」で近しい血縁を亡くしている。それでも笑顔。強い。
 7日、震災以来初めて仙台に戻った楽天星野監督は避難所の人たちに言った。「今の時を我慢しましょう。耐えれば必ず強い人間になれる」。(…)負けるものか。耐えて、前へ。

(日刊スポーツ、4月8日)


■コアラによればこの日目が覚めた僕の第一声は「あー疲れた」だったという。
起きてもゆうべのことが夢のように思えてならない。


■やはりホテルの電気はどこもついていない。かろうじてタンクにあった水を用いてロビーにあるトイレは使える。別にイヤなニオイもしないし、窓から差す朝の光が照らしたトイレットペーパーは三角に折られていた。ゆうべホテルのスタッフは何時に寝たのだろう。ウンチをしながら仕事とは何かを考えさせられる。


PUFFY「働く男」>


■贅沢だが車に積んできたミネラルウォーターで歯磨きや洗顔


■車のキーは、狼の部屋のゴミ箱にホールインしていた。無事発見。石巻へ向かう。



■ホテルを出発してインターチェンジまでの間、昨日営業していたコンビニが今日は営業していない。高速道路の途中、トンネルの電気も消えている。朝とはいえ運転していてかなり恐い。


■3月11日から今日まであらゆる工事関係者、警察、自衛隊、そして住民がライフラインの復旧に努めてきた。しかしゆうべの大きな余震で多くのことが振り出しに戻ってしまった。


■目的地に到着しBさんと会う。Bさんはけらけら笑いながら大きな声でゆうべの余震の恐怖を喋る。


■コアラとBさんは車で女川町方面へ。僕と狼は避難所となっている地元の中学校へ。


■昨日避難所を訪れた際はどちらもAさんが同行してくれて僕らの存在を説明してくれたが、いかんせん今回は自分たちでその用事を説明せねばならない。
とりあえず正門から受付けへ。そこには‘眉毛攻めまくり(推定2ミリ)’の地元中学生と思しき受付嬢が座っている。流行りのやたらとフレームがデカいメガネをかけてらっしゃる。
「どちらの方ですか?なるほど。でもこの名刺だと記載されてませんが…。あ、協力会社の方ですか。いま教頭を探して参りますのでお待ちください」
‘トーホク眉毛キメキメ推定2ミリ少女’、百戦錬磨の完璧なマスコミ対応。


■間もなく震災後一カ月を迎える避難所には、得も言われぬ停滞感がただよっていた。体育館や武道場、あるいは理科室や被服室の堅い床でここまで寝食を過ごしてきたのだ。
そしてゆうべの大きな余震。安眠する間もない。



【深夜の避難所 緊迫】
激震がまた、襲ってきた。突き上げる揺れ、ゆがむ空間、倒れる棚、割れる物。「津波は大丈夫か」。深夜の東北に、恐怖と緊張が走った。(…)
避難所になっている宮城野区の仙台工高では、体育館が音を立ててきしみ、天井の一部が落下。避難者は毛布を頭からかぶって落下物に備えた。(…)
揺れの後、仙台工高には周辺住民が避難のために続々と訪れた。近くの道路では、水道管が破裂したのか、水が噴き出している箇所もあった。(…)

河北新報、4月8日 註・上記記事の避難所は僕が訪れた避難所とは異なる)


■しかし避難所でも子供は元気である。下駄箱で過剰な追いかけっこを続ける二人の少年が、おそらく家族ではないバアちゃんに怒鳴られている。
空いている校舎外のスペースでボランティアの高校生が色々と仕掛けて子供と遊んでいるようだが、わけのわからないルールのボウリングやら、八百長きわまりないミニ綱引きなどをとても嬉しそうにみんなでやっている。
少年や少女にとって、この頃の生活はやがてどうやって記憶されていくのだろう。





■「受付」もそうだが、「お茶あります」や「消毒をしてください」などの標識文字の類いはおそらく中学生がありったけのマジックを使ったと思われる、ギャル風な美観でギトギトに書かれたものが多い。なんだか豊饒なジャパニーズ文化祭的アートディレクションが息づいていてほほえましかった。


■それにしても狼はよく避難所の人にからまれる。原則として僕の後ろにいるのが常だが、用事があって振り返ると、オッサンにオバハンにお兄さんに子供に、ひっきりなしにからまれている。
みんな誰かと話したいのかもしれない。


■95年、小学生だった狼が神戸にいたことをおもえば、ここにいる子供のいずれかがやがて記者として被災地に行くことがあってもおかしくないだろう。


■つーか仕事しろよ、てめー。


■やがてコアラが合流。昼ごはんは焼きそば。石巻は町おこしの一環として焼きそばに力を入れているそうだ。細麺が美味しい。


■避難所を去った後、Bさんの自宅へ向かう。




東松島市のBさんの自宅は海からおよそ7キロ。海から7キロに住んでいる人間に「自分は海の近くに住んでいる」という自覚はおよそない。まさか津波被害がここにまで及ぶとは想像したこともなかったはずだ。だが、地震当日、水かさはBさんの首のあたりまで来ていた。


■はげしく瓦礫が堆積している場所がすぐ近くにあると言われて連れて行ってもらう。


宮城県東松島市(海からおよそ7キロ)


僕がこれまでの人生で住んだ場所。
1.東京都品川区西品川(海からおよそ3.5キロ)



2.東京都品川区北品川(海からおよそ2.7キロ)



3.東京都品川区東五反田(海からおよそ3.3キロ)



2011年4月8日、
仕事の用事で訪れた宮城県東松島市(海からおよそ7キロ)



海から

およそ

7キロ


僕は、これまでの暮らしで津波を自分の身に起きる危険として感知したことがない。



■風の影響なのだろうか、東北の空色は変わりやすい。


■夕方、Bさんと別れてAさんのいる登米市へ。








東北電力は8日、16時の情報として昨夜23時32分頃発生したM7.4の地震による停電状況を発表した。10時発表段階では3,049,154戸が停電となっていたが、16時発表では957,818戸となっている。

青森県 一部地域 28,953戸
岩手県 一部地域 377,161戸
秋田県 一部地域 3,679戸
宮城県 一部地域 512,186戸
福島県 一部地域 35,839戸
山形県 復旧
新潟県 復旧

(RBB TODAY、4月8日)


■戸数確認の正確性は疑わしいとはいえ、停電世帯数だけを見れば10時から16時までの6時間のあいだにおよそ200万世帯の電気が復旧したということになる。通電とは、無為自然にほっておいて回復するものではない。誰かがどこかで働きまくって徐々にライフラインが回復していく。


■それにしても僕たちのホテルは通電しているのだろうか。水は通っているだろうか。


■とにかく今日はまったくお金を使わなかった。出張とはいえ缶コーヒーだの、タバコだの、飴だの、日々何か身銭をきって細々とした嗜好品を買うものだが、今日はまったくお金を使わなかった。まるで空気の読めない(←本当に腹が立つ)、地震や余震というものは一発で資本主義経済をぴたりと止める。






登米市に着きAさんの到着を待つ。このあたりもまだ電気が一切来ていないようだ。


■しばしの待ち時間。コアラは後部座席にてiPadでゲーム。狼はAさんの車が来ないかフロントガラス越しにずっと前方を見つめている。コアラが起きている以上僕も寝るわけにいかないので、待っている間、TNKマサコ(aka飲んだくれのラジオディレクター)にメール。


■昨日、着信やメールがあったが取材で宮城県を訪れる予定とのこと。メールでいいから少し相談がしたいという。
「どういう体制でくるの?」とメールすれば、その返信
「一人で行きます。地元のバスで移動して避難所をまわるつもりです」。
……呆れて言葉もでない。
文面を見てすぐ、おもわず携帯画面に向かって「何言ってんだこいつ…」と言ってしまった。
すると助手席の狼が言う。
「‘富士山’って言ってます」
???
「さっきから何度も‘富士山’って言ってます」
一瞬、狼の気がふれたかと思ったが、狼が言っていたのは車内で流れているコアラ作成のBGMのことだった。


電気グルーヴ「富士山」>


■Aさんが来て打ち合わせ等。別れ際Aさんが言う。「ここはついてないけど、栗原のあたりはついてるんじゃないかなあ。さっきそう聞いたよ」


■Aさんから通電の報せを受けて、帰り道の我々は大はしゃぎである。「オラさ村に電気が通ったどー!!!!!」のノリである。シャンプーできる!風呂に入れる!もしかしたらホテルのレストランもやってる!


■たしかに朝よりだいぶ町が明るい。街灯もけっこうついてる。あれほどの揺れがあっても翌日にはインフラが回復するんだな、日本ってすごいな。





■しかし、ホテルが近づくにつれ次第に街灯が消えていく。ここはもともと、街灯が少ない地域?・・・にしても暗いなこれ。あの家も電気がついてないな。ついてる家があった!と思ったら自家発電機だなありゃ。あれ?暗い。暗い。暗い。どこホテル?あった。暗い。なんもついてない。



■フロントの人に聞いた。
「栗原は通電したって聞いたんですけど…」
「ええ、市の西のほうからだんだんと」
「このホテルは西からどれぐらいなんですか?」
「10キロぐらいです」
「大体でいいんですけど、電気が回復するのはいつごろ…?」
「早くて明日、長いと……10日か2週間か、ちょっとわからないですね」
はははは、と笑うしかなかった。


■はははは、はははは、はははは、はははは。